「あんたたちさぁ、山は歩けるのに電車では立てないの?」
「もっとアスカっぽく言ってくれ」
「今から一緒に殴りに行こうか?」
「そっちかよ」
ってコピペは秀逸だ
"原書:the last time I saw Steve Jobs
著者:Chris Hynes私は1999年の4月から2011年の7月までAppleで働いていた。今まで会社での体験を公に書いた事はなかった。けど今日は一つ、小さな出来事を話したい。
私がAppleを辞めた後のある日、ランチをしに本社に寄った。メインビルである『One Infinite Loop』を出た時、私の前にSteve Jobsが歩いていた。体が悪くなっていても、彼のステップにはいつもと変わらぬ弾みがあった。Appleみたいな大きな会社にしては、Steveに出くわすことは驚くほどよくある事だった。
先日、北海道カラーユニバーサルデザイン機構(北海道CUDO)のイベントで、「色覚体験ルーム」というのを経験した。特殊な分光特性を持つライトに特殊な光学フィルタを被せたものを照明として使用しているその部屋の中では、一般型の色覚の人でも、P型(1型)やD型(2型)色覚の人と同様に色が見えてしまうのだ。つまり、特定の色の組合せにおいて、色の区別がつかなくなってしまう。こんなすごいものをよく作れたと思う。その部屋の中でいろいろなものを見たが、裸眼で色覚体験を行うのは、シミュレータを使ってディスプレイ上で見るのとはまた違った臨場感がある。貴重な体験だった。
部屋の中に…
「辛い経験は糧になる」という言葉が広く世間で言われているのは、基本的に、乗り越えられた人しか世間に出て来れないからなんだろう。私の中にも、乗り越えられた部分と乗り越えられていない部分があるが、乗り越えられた部分については、世間に向かって語れるけれど、乗り越えられていない部分については、なかなか世間に向かって語ることはできない。
世間から見えるのは、乗り越えた人だけ。結局トラウマにしかならなかった人は、世間からは見えないということだ。
それから、「辛い経験は糧になる」という言葉は、『元いじめられっ子のいじめっ子』でも書いたように、ある種の体育会系マッチョ集団の中で、「しごき」を正当化する言葉として使われるからというのもある。こともあろうに加害者が、「俺のおかげで成長できただろ?」と言うのだ。
"未練がましい人は、相手にかけた気持ちや時間とか時にはお金に執着する。残酷な人は、そういうものは持ち合わせていない。これ以上はダメだと思ったその瞬間から、プッツリと気持ちを切ることが出来る。優しさってそういうものなんだと思うんだ。相手の状態がどうであれ、出来る限りのことを自分がする。それでもダメって思ったら、後ろ髪を引かれながらも背中を向ける。
そういうのが優しさってもんじゃないかな。私はそういう付き合い方をしたい。
応えてくれたら嬉しいけど、応えてくれなかったら相手の負担にならないように、ひいては自分を必要としてくれている人のために、背を向ける。そうしないとさ、自分のために動いてくれている人や気を配ってくれている人に対して申し訳ないじゃないか。あなたの今の立ち位置や環境って、あなた一人が作ったものではないんですから。
"不思議と周りに人が集まる人がいる。
「もう一度あの人に会いたい」となぜ思うのか?
そんな人はあなたにとってどんな人?
話をよく聞いてくれる人。
笑顔の素敵な人。
楽しい人。
この人いると賢く慣れそう。
個性的な人。
認めてくれる人。
一緒にいると元気になれる人。
中立な人。
さり気ない思いやり。
笑い声が絶えない。
細やかな心配り。
手放しで受け入れてくれる人。
いつも新しい情報を持っている人。
明るい人。
憧れる人を真似て振る舞い始める。
気付いたときにはあなたの周りに沢山の人が集まっている。
『人生はピクニック』
"